消えた「ゴッホ神」

 何日か前にいつも通る駅の前にAQUOSの広告があって、そこに「日本の色彩、日本の美にゴッホは憧れつづけていました」とあった。こういう日本語を見ると私は悲しくなるのである。
  自分の国を愛するのに、どうして、他国の神々のguaranteeがいるのだろう、とつい思ってしまう。その際たるものが「アインシュタインは日本のようなすばらしい国が残っていることを神に感謝したい」と言った、というのがある。この引用を見るたびに不愉快になっていたが、少し前に朝日新聞で「これは相対性原理のアインシュタインが言った言葉ではないらしい」とあったので溜飲が下がった思いがしていた。それで「アインシュタイン神」に成り代わって「ゴッホ神」が登場したように思われた。だから二重にイヤな気持ちになった。一歩前進した後の二歩後退は、単なる二歩後退よりも精神的にきついのである。
  だが、昨日同じところを通ったら、携帯AQUOSの広告に変わっていた。まだ、テレビでも、電車内の中つり広告も吉永小百合の画面だから会社の方針の大転換というわけではないのだろうが、ともかく身近なところから異国の神々のご託宣guarnteeによる愛国心の発揚が消えてくれたのはありがたい。