蛇と杖

 『動物シンボル事典』をみると蛇の旧約聖書の蛇の図像の代表は「杖をのぼる蛇」である。これの寓意はなかなか複雑だ。思いついたものを列挙すると
預言者のの杖をたよりに神へと向かう愚かな蛇・人間。これはまた、重力場の象徴ともなるし、十字架上のイエスは、まさに十字架を伝わって神から地上に使わされたという対比へつながる。
②映画「十戒」で、モーゼはファラオに妖術の戦いをいどみ、杖を蛇に変え、ファラオをおどした。その意味では〈蛇⇔杖〉である。共通点は「長いもの」。映像メディアがない時代にはこういう表現の約束があったと考えることは無理ではない。
③「人は杖をふるい、杖は蛇を撃ち、蛇は人を襲う」となればインドから伝わったといわれる、拳の世界である。
  このように考えてきて、それでは古代の日本人は蛇神をどのようにイメージしていたのであろうと考え始めた。その結果、日本では「杖を上る蛇」に相当するイメージは「蔦のからまる大木」であることに気がついた。明治になって東京藝術大学ができ、裸婦なるものを公共空間にこれ見よがしにすえることが流行った結果に、多くの人が今でも馴染めない。これは、日本の伝統が人工的な永久具象物を公共空間に据える伝統がなかったからであることを改めて思い出した。
  さらに言えば、植木はいいが、手入れししていない植木は反社会的でもある。それは蔦でもドクダミでも夕顔でも葉の形がカガシの目を、蔓が蛇の身体をイメージさせるからなのかもしれない。反対に「蔦の絡まるチャペルで・・・」はキリスト教の美意識をつたえる。
  あるいは近世に入ってからは女性(にょしょう)が変身して鐘に巻つく絵が描かれるようになっていくわけだけど、そのようなイメージは南蛮渡来の絵画の影響を考えるべきなのだ。週末から始まる七月歌舞伎のテーマである泉鏡花も、明治になって西洋画の影響をうけて竜神のイメージを作り上げたのであって、古代や中世の日本人はむしろイスラムのように偶像崇拝から遠ざけられていたのである。そのような規範がなくなっても、絵画化が可能になるためには蛇のような具体物では駄目で、大蛇や龍のような日本には存在しないモノである必要があったことは大事な点ではないだろうか。つまり古代から日本人は抽象イメージを好み、具体的なイメージを避けてきたということである。細部を再現する時は非現実的な空間を前提にする必要があったともいえる。