音幻 〈糞雑衣-ふんぞうえ〉

   『月刊言語;3月号』の特集は「大学生のための言語表現技法」とあり、もちろん大衆教育の喫急のテーマである。中でも、目をひかれたのが「古典レトリックを生かした言語訓練」というタイトル。中を見てみると、 ”Metaphors we live by" を「レトリックと人生」に還元しまった英語学とは一線を画して、5つの要素を大上段に打ち出している。すなわち、
・発想      (おもいつき ・ きづき・きざし・てまね→まおしかた・目のつけどころ)
・配列      (ならび→ならびかた・ならべかた/つづき→つづけかた・つづりかた)
・修辞      (ものもいいよう→舌先三寸→もののいいかた)
・記憶      (もののおぼえ→おぼえかた・ものおぼえがいい/きざみ)
・発声・所作  (口のききかた・身振り・手振り・身のふりかた/語り口・手招き)         
(評価;おぼつかない・おぼえめでたく・おぼえがいい)

    これであれば "Time and Free Will" の用言である free を体言に還元して「時間と自由」という大胆不適訳を流通させて恬として恥じることのないフランス語学の桎梏からも抜け出す手立てを導けるかもしれない。
   なにより、このブログでもこれまで問題にしてきた逆語序対などは「ならべかた」と「おぼえかた」の問題だし、正書法の前に正唱法が機能していたではないかという問題は「ききかた・ふりかた」の問題からできている可能性がおおいにあるわけで、興味をもった。その中でさらに今までの私の読書記録から逸脱していた「香西秀信」という名前がひっかっかってきた。それでいくつか公立図書館にあるものに目を通してみた。大変有意義であった。
    さて、その中でこれも初耳の〈糞雑衣〉という言葉に出会った。真面目な著書の中のなんという卑語。これでいっぺんに著者を好きになった。引用すると。

キケロが『トピカ』を書くにあたって典拠としたアリストテレスのトポスについては不明な点が多く、単純な比較はできないが、
アリストテレスの糞雑衣のようなトポス集と比べて、はるかに整理され洗練された形式を備えていることだけはみてとれよう。
『p72 議論術速成法ー新しいトピカ』

    もっとも、この箇所を最初に読んだ時に気を取られたのは〈トポス〉と〈トピカ〉との違いで、これで一週間は無駄に過ごした。やっと別の個所に〈トポス〉と〈ロゴス〉とが関係なくもないとあったので、これで舌先音を媒介にして、以下のイメージに確信が持てた。

logos : logic : logical ; legal : league ; leaf
topos : topic : topical ; typical :type ;typo

      この時点までは〈糞雑衣〉というのは汚くて役に立たない〈糞雑巾〉の意味だと思っていたし、ここの文脈では当たらずとも遠からずなのであるが、どうせ暇なので広辞苑をひいてびっくり。興に駆られて電子辞書をたたきまわって、以下の対語をえた。どちらも律令などの正式の官位の色体系から外れている多くの色の混じった雑色の法衣ということで、作り方としては世間で用のなくなったボロをはぎ合わせる、ぬいあわせる、編みこむ、刺し子にするなどが考えられる。

糞雑衣;ふんぞうえ:糞掃衣:梵語pamsukula:衲衣の意 ; 唇音
袈裟:けさ:梵語kasaya:壊色、不正雑色の意味 ; 喉音

    現在の日本語では両語は使い分けが明確であり、袈裟の方は世俗の高貴卑賤に対抗する出家世界における人品序列を顕す法衣の一部であるが、もともとは同根と考えることもできる。このことがなぜ、重要かというと以前に書いたように、シュメル以来の対語と考えられる〈pillar ・ column〉同様、〈唇音・喉音〉との対を作るからである。

[pillar] [ピラー] [ひらー] [hひら] [はしら] [み柱] [神] [かみ・かむ] [column] [から]

ここからは、あくまで乏しい英語の知識から考えるのであるが、以下のように整理することができる。

[pillar] [vertical] [スカラー・存在]
[column] [upright] [ベクトル・現象]

     とすれば、少なくとも〈column・から〉というのは日本語の助詞〈から〉の本義である〈運動の方向・ベクトル〉と符丁するのである。同じく〈唇音・喉音〉対に関連付けることができる〈ひかり・あかり〉も〈存在・現象〉に符丁している。とすればこれが、〈重い〉の元音である唇音〈オボ〉と喉音系統の〈軽い〉の関係も規定しているはずだという仮構が導かれることになる。
     これはすでに述べたように唇音と喉音の組み合わせである重要な音韻〈ほこら〉と、英語のfuckを重ね合わせる可能性を導く。すなわち、

[現象] [ほこほこ] [体温がある]
  [ぼこぼこ] [心音がする]
[所作] [ぼこぼこニスル] [fuck;ODEの2]
[作用] [ぼこぼこニナッタ] [fuck;ODEの2]
[venue] [ほこら] [祠]
[subject] [ほこり] [人としての誇り]
[object] [矛/逆鉾] [正逆一如]


■ODE;Oxford Dictionary of English  によれば〈fuck〉の語源は、インド・ヨーロッパ語由来の strike , fist に関連付けられるようである。ということは〈ぶつ〉〈こぶし〉にまでつながっていく。そして英語の〈hoe〉は〈鋤すき〉と訳することになっているのだけど、形はようするに〈屮〉であるから高千穂山の頂上近くにあるという逆鉾そっくりなのである。
■さらにこのところCATVから流れてくるジュリア・ロバーツ主演の「エリン・ポロコヴィッツ」で、彼女が連発している単語が ""fuck"。 ところが、ランダムハウスの辞書をみると文字にすることは許されない卑語と出てくるのである。それをジュリア・ロバーツは頻発し、彼女のボスも最後にはそれを肯定認知していく。


■定番の逆語序対を作ってみれば〈ほこ・こほ〉は〈ほこほこ・凍る〉を与えます。さらに英語では〈cough〉。と、くれば次に連想されるのは〈こほこほ〉〈ごほんごほん〉〈こんこん〉であるが、このオノマトペが日本語史上、いつごろ登場したのかは私にはわからない。でもたとえ明治期以後にしか文献上は跡付けできないとしても、日本語にすんなりと馴染みやすい意味音韻・音韻意味だったのだ、とは言える、と考えるのである。


■参考キーワード;でこぼこ

[判別] [でこぼこニナッタ]
[所作] [でこぼこヲノス]
[作用] [でこぼこガノオル]

■08.04.30追記;『日本語の源流を求めて』をぼーっと見ていたら「ススキの穂とか、毛髪のようにてっぺんにある毛状のもの」という記述があった。とすれば以下の重ねもありかも。

・topic;てっぺん

■08.06.13追記;タウン誌で心理学の総論の広告があって、記憶→思考→言葉→学習という順列が目に入ってきた。それでここの項を思い出して、ちょっと遊んでみたら以下の対もありかなと思えてきた。

[心理学] [記憶] [思考] [言葉] [学習]   [記憶]
[修辞学] [記憶] [所作] [発声] [配列] [修辞] [記憶]

   ようするに何が言いたいかというと認知活動というのは記憶から記憶への流れだと考えるとかなりすっきりわかるんじゃないか、ということだ。それを異なる分野の言葉で表現すると一見違っているけど、思考って脳の活動、つまり所作だって割り当てれば言葉と発声が中間に来て、心理学でいう学習の二本柱は当然事件の配列方法とそれを正確にあるいは目くらましするように、つまり意図的に記述するための文法が修辞となるということだ。
    これだけではあんまり成果があるように思えないのだが、今までの経験から言うとこのような整理がしばらくして役に立ったという経験がよくあったのだ。