語頭の「ウ」

 「ウ音]は不思議である。ワ行でもウ段は早い時期にア行とくっついていてしまった。
 鵜・魚・鰻・「湖の後半」を見ていくと、明らかに「大きな水たまり」に関係がありそうだ。一方で容器の語彙を並べてみると[水盤もい」「甕かめ」と並んですぐに思い浮かぶのが「うつわ」「うつぼ」。これは音韻だけを素直に反芻すると[皿」「壷」となる。多分水を盛るのに使った上物を指したのであろう。素人考えからいくと「もい・かめ」よりは古層の音韻から作られたようだ。
 さらに『オタミミベンベの言語学』に拠れば「ツ音」はかなり新しい。とすれば「うつわ」「うつぼ」の古語は「うわ」「うぼ」か。私は昨年、「ツ音」の本格的、あるいは組織的導入の時期として、数詞の「ひつ・ふつ・・・・・」の導入時期はないかと想定した。この時期の我が国の指導層が「新しい・nowい」音韻として「ツ音」を導入したように思われた。
 さらにワ行音の正音として「ハ行音」を想定すると「つは」「つぼ」が抽出できる。これは律令における「兵ツハモノ」「坪=土地の大きさの単位」と結びつく。やはり昨年「度量衡概念の推移」について考えている時、この二つの語源がまったくイメージできなかったのだが、一つの候補を得ることが出来た。
  さらに「家・海」。漢字で書くと両者にはなんの繋がりもないようだが「ウチ・ウミ」と書くとメコン・デルタあたりの高床式住居がイメージできる。古事記あたりだと「チ=下方、堅いもの」だし「ミ=水」だからこれもそう突飛ではないはずだ。
 広辞苑によると古事記では「うか食」で食べ物の意味の「うけ」の古形とある。だがある時代に二つの音韻が並存している可能性は高く、そうであれば変化ではなく音韻対立である。「うか」は「ウカノミタマ」のように神の名前に入っているのであるから概念としての食べ物、つまりコトで、「ウケ」は現実に身体で受けるモノであった可能性が残ろう。さらに杯の「うき」が古事記に出てくるそうだから、飲み物が器に入っている状態、つまり繰り返し現象を意味していた可能性もある。
 デジタル漢語林で「雨」を見ると「ウ常音」とあるが現代中国語は〈yu〉。一方「湯」は常訓「ユ」とある。中国音は「tang」であるから常音「トウ」と近い。『オタミミベンベの言語学』に拠れば「ユ音」もかなり人工的に導入された音韻らしい。とすれば「ウ=飲み水・汁物」の美称として「湯ユ」が導入された可能性は否定できない。

■補足(2006/08/14)
今悪戦苦闘中なのが「うんと」「たんと」「たくさん」「いっぱい」「多い」の微妙な使い方の差異と、はたして「うんと」を「多い」の古層語と言い切っていいのか、である