〈くさび〉〈くさり〉と〈おもり〉〈たま〉

  以前、「コノハナサクヤビメ」の逆語序を〈のこ石・縄・くさ鉄〉と decoding した時、〈くさ;鉄の古語〉とおいてから、〈くさび〉と〈くさり〉について考えを重ねてきた。どうやら、以下の対応関係を仮構しても良いように感じたので書いておく。

[くさい] [さい] [細・才・切]
[くさり] [さり] [砂利]
[くさび] [さび] [錆]
[くさじ] [さじ] [匙]
[くさし] [さし] [刺し]
[くさなぎ] [なぎなた] [薙刀]
[くさかり] [まさかり] [鉞]

    〈くさび〉の方は武器としても石材切り出しや農耕具としても、鉄の登場が社会的、そしてその後の歴史全体に大きな影響を与えたのは素人でもすぐわかる。だが〈くさり〉の方はなかなかイメージがつかめなかった。それで頭の整理をした結果を書きだしてみる。
①重い石の運搬
②碇の綱(実際には使われていないようだが、海戦となれば綱では海人に切られてしまうから革新だったはず)
③飛び道具(弓より、力任せの飛び道具としては実用的、忍者絵に登場)
④くさり帷子(身体防具)
   すぐわかるように、①以外は記紀以前には日本に入ってきていないようなのだ。素人なので自信があるわけではないが、そんな気がして、振り出しにもどってしまった。ところが森浩一氏の対談集『古代は語る』の中で古代中国の測量風景画の解釈で西洋の学者の鎖による測量説を氏が一蹴しているのを読んで、味方を得たように感じた。専門家にとっても〈長いもの;なわ〉で十分で、他の可能性は論外のようだ。
   とすれば、〈くさり〉という音韻が当初意味していた対象は違っていたのかもしれないと考えた。そこで関連するものの名前で音韻イメージの似ているものはないかと探すと〈おもり〉がみつかる。これは度量衡の基準になる分銅のことだが、日本語では他に〈しず鎮〉と〈つむ錘〉があるが、いずれも古くから使われている用語のようである。
    古代において〈おもり〉〈くさり〉が対で使われていたとすれば単に〈球体〉〈線条体〉の意味であって、当然球体には従来からの石材を、線条体には新しく入ってきた鉄材をさすものとして流通した可能性も出てくる。とすれば〈くさび〉は〈有用な木材小片〉という意味としても使われていたことになる。そうすれば後世になって〈草・くさ・種〉〈くろくさ鉄・麻あおくさ〉の対語が出てくることも納得できる。さらに音韻〈び〉の正字は〈ひ〉であるから、推古紀に出てくる小刀〈さひ〉ともきれいに対応する。つまり〈くさび→正字→くさひ〉である。
    度量衡と武器は分野が違うから武器の方は〈くさい〉〈くさなぎ〉の対で用いられてきたのであろう。それと〈くさし;刺し〉であるが、現在は〈ものさし〉といえば測定器専用の語彙だが、同じ対談集に〈ものさし〉を直接手渡さない風習が広く見られてきて、あたかも武器を扱うかのような作法があったとも書かれていたので漢字〈刺し〉を当てることは合理的だと考えた。

    一方で、用語の設計という仕事に携わる人々としてみれば当然、それらを統合した概念がほしくなる。とくに鉄を石よりも進んだ材料を重視していくことを民衆に知らしめたい為政者は、なんとか工夫したくなるだろう。そう思ってみると〈くさかり〉という音韻が気になってくる。それが〈まさかり〉になったのだとすれば、その特徴は〈くさび〉の鋭さに対抗する〈大きさ・重さ〉だからだ。
    結局〈さい;計量単位〉〈さし;長いもの〉〈くさか;大きいもの〉という量度衡の系によって、鉄をイメージさせる新しい音韻表現が可能になったはずである。それは次に来る日月(かか)崇拝者によって〈かい;計量単位〉〈かし;長いもの〉〈かか;大きいもの〉と置き換えられながら三種の神器〈たま・つるぎ・かがみ〉へと発展していったに違いない。その前に音韻〈た行〉の導入が求められたのである。

まとめ

素材祖語 〈おもり;石〉 〈くさり;鉄〉 〈くさび;木片〉
石工用語 〈くさび;鉄刃〉 〈くさり;鉄鎖〉
武器用語 〈くさい;小刀〉 〈くさなぎ;長い刃〉 〈くさかり;大きい刃〉
火山信仰 〈さい;計量単位〉 〈さし;長いもの〉 〈くさか;大きいもの〉
日月信仰 〈かい;計量単位〉 〈かし;長いもの〉 〈かか;大きいもの〉
三種の神器 〈たま〉 〈つるぎ〉 〈かがみ〉


■朝起きたら、じゃ、蛇神信仰時代には度量衡はなかったのかが気になってちょと考えてみた。以下ではどうだろう?

龍・流信仰 〈のし;計数単位〉 〈のご板;長いもの〉 〈のの;大きいもの〉
  {日のし・するめ   天体の幼児語
  (火のし・アイロン)   野々;広い