アイソメトリック定規とペテログラフ

   以前、川崎真治の方法に触発されたことを書いたが、氏は日本に残るペテログラフの中から特にカタカナの「ヒ」に注目して〈祖音ジ〉を仮構していろいろな考察を行っている。だが〈ジ→ヒ〉を仮構するとなると〈あいまい子音論〉に立たなくても、候補となる音韻には少なくとも〈し、じ、ち、ひ、び、ぴ、み〉を頭の隅において思考を進めなくてはならないし、音韻〈ひ〉は漢字にすると〈日、火、氷、媛、比、非〉など意味が多すぎる。特に神の名や地名を関連付けるとなるとどうにでも解釈できてそのままでは論理についていくのが苦しい。
    むしろ氏の著書にでてくる写真の中の〈頂点を共有する両三角形〉の方が古代人の象徴として面白いと思ってきた。偶然図書館で手に取ったのが『神社配置から古代史を読む』で、三輪山と神武稜と石見神社が正三角形をつくるところから始まって、日本全国の神社を〈三天法〉で読み解いていく話が載っていた。その中に、学校で習う世界地図の擬円筒図法に分類される〈アイソメトリック図法〉というのがでてきた。これは地図上の任意の場所で実際の面積との比が等しくなる正積図法とも言われるらしい。

   しかも、その中に〈頂点を共有する両正三角形〉がすっぽり入るようなのだ。学校理科は、コペルニクスが地動説を、デカルトがベクトル概念を、そしてニュートンが慣性力を最初に発見したと教えるが、彼らはスコラ哲学の存在論一辺倒を排して現象論へと最初の一歩を踏み出した勇気ある人々ではあっても、無から理論を作り出したわけではない。全てはギリシャ時代に一度は体系化されていたものを再発見したのである。
   この点が分かってくると古代史の読み方も違ってくる。そうすると上のような図の話にわくわくするようになるのである。ただしここでもこの方法でデータを枚挙していくのだが、前提にあるのが天孫族による出雲、住吉、安曇族の統合というストーリーなので、ちょっと私の関心とはずれてしまう。三天法は当然測地法であり、土木・暦法の基盤技術ではあろうが、問題はそれが〈世界〉の象徴としてどのように展開されていったのか、とうことだからだ。
    近年の歴史を振りかえっても、確かにアメリカに負けた後、メートル法が施行されて日本の伝統がぐちゃぐちゃになったのだが、それは勝者アメリカの意志ではなく、むしろ維新以来の技術者集団の意志の貫徹だったわけで、表層の戦争や権力ゲームよりは、根底に人々の欲望をおいて考えていく方が私の性にあった研究方法なのだ。(注;アメリカはポンド・ヤード法に未だに固執している唯一の大国なのだ)
    つまり関心は図像象徴として、音韻象徴として、日本文化の基層にどのような影響を残したのか、にある。しかも日本の古代の場合は図像はペテログラフを除いてほとんど残っていないのだから、音韻象徴から図像象徴も読み解いて行かなくてはならないわけだ。
    話を〈頂点を共有する両正三角形〉に戻すと、これは両三角形をさらに近づけて重なるようにすると実は〈ダビデの星〉あるいは〈ソロモンの盾〉と呼ばれるシンボルになる。これは『The Da Vinci Code 』の受け売りで言うと〈五芒星pentacle=牛蒡星;明星〉が女性のシンボルであるのに対し、男性のシンボルである。
    一方、両三角形をずらす代わりに一方の二頂点を直線で結ぶと立体形が得られる。というのは、この図形は見方をずらすと二枚の三角形片が羽のようにヒラヒラする形にみえるてくるのである。120°くらいの角度に開いたものを横から眺めると原初の雌雄シンボル〈∧∨〉を得られるのである。さらにこの二頂点結んだ線を水平線と重ねると実は二上山の形になる。とうぜん対を作る三輪山はきれいな単体の三角錐であるから、二上山をあわせて〈三輪〉の名前が得られるのである。
   もちろん〈アイソメトリック〉の中の両三角形は長方形しか作らないが、ある時点でこの長方形を正方形に変形して、三角形を圧縮すると日本人が大好きな〈はすかい十字つき枡〉の形が得られる。さらに牛蒡星から来る黄金分割は1.63・・・だが、枡の中の二等辺三角形は1.414を与える。こちらの方が神社などの形式には適合しやすいようだ。
    最後に漢字がシュメール文字の影響を受けているとすれば〈凸凹〉こそは、雌雄シンボル〈∧∨〉の変形といえる。だとすれば音韻〈凸凹〉こそが日本語祖語を考える上でのキーファクタをもたらすのではないだろうか。