『狛犬の歴史』

   著者は女性。丹念に、しかし自分の問題意識をもってつづられた記録。興味ふかかった点を備忘録として。
①現在伊勢神宮など、明治期に格式の高かった神社には狛犬はないことにになっている。だが『皇代記』の中に後朱雀天皇狛犬一対を伊勢神宮に奉納した記録がある(1039年)。
神仏分離令の最初は水戸藩によるもので1666年以来一村一鎮守制がとられ、水戸藩内の寺院の半数弱が廃棄された。
③そのとき以降、江戸期をとおして、神社に狛犬を奉納する庶民がふえ、現在のような狛犬の氾濫の基礎が作れらた。
④明治初期の建築家である伊東忠太狛犬をオリエントまで視野に入れて調査研究し、エジプトのスフィンクス狛犬に入れて考えるべきだとの結論を出している。
狛犬はもともとは中国の獅子対と朝鮮の虎に似た獅子対の4体で仏教とともに日本に入ってきたのではないか。法隆寺が最初の本格的な導入事例。
⑥漢字〈ジ;兄の字の口の代わりに凹をおいた形〉が重要な字としてたびたび出てくるのだが、『漢字源』には見当たらず、理解できなかった。あえて想像すれば〈兌〉〈兜〉などに吸収されたのであろうか。
⑦向かって右が開口型であることは変わらないが、これの雌雄については時代によって変わっていった。平安時代までは雄だったのが、江戸時代に雌になっていった。
⑧上記の事実について、旧制中学出身の著者が明言をさけたのは当然であるが、戦後教育を受けた私はあえて言ってしまう。これはアマテラスを男と見るか、女と見るかの相違につながってくる大事な観察だ。私の考えは以前にも触れたが神々は全て〈御;杵と臼〉の両性具有、あるいは未分化な存在と考えていた太古の知恵に学ぶべきだということだ。