「カセット効果」と動詞の終止形

   ある雑誌に、大学の先生が留学生に異議申し立てをされたことについてのエッセーが載っていた。それによると日本語では(1)は、文法的にも意味的にも問題がないのに中国人の学生は納得しなかったとあった。だが、私にはこれは、柳父章氏の「カセット効果」の応用問題に思えた。同様の問題については已然形のところで日本語文法が〈呪い・祈り〉の問題に無関心すぎる。つまり、私が以前、「仮定法と已然形の関係も初級文法書の見取り図は甘い。」と指摘した問題とも通底する。
http://d.hatena.ne.jp/midoka1/20060715
(1)私は犬に中国語を教える。
   中国人に言わせると犬に中国語を教えることは出来ないのだから、これは非文であるとなる。私は(1)を非文と出来ない大学の先生は柳父の憂国の情に触れていないのだと思う。つまり「二字漢字語+する」というのが単なるムード動詞に過ぎず、意味ある動詞文に出来るかどうかは話者の力量にかかっているという警告に無関心すぎるのである。
    柳父は論文では、カタカナ語や二字漢字語にしかふれていないが、私は日本語の動詞の終止形全般が逆に実体の無い語として実体が無いままに非文とされないことが問題だと考える。上の文を〈〜ている〉〈〜可能形〉〈〜したい〉に変えてみれば、(1)がどんなに馬鹿馬鹿しい内容か一目瞭然だと思う。
(2)私は犬に中国語を教えている。(馬鹿じゃないか)
(3)私は犬に中国語を教えられる。(嘘でしょ)
(4)私は犬に中国語を教えた。(嘘つき!)

  ついでなので、別のwebで見かけた例文も取り上げておく。元大学の先生が(5)は非文であるとして自らが訂正文(6)と(7)の二つを出していた。(文例は少し変えてあります)

(5)この道を行くと、郵便局があるのを確認した。
(6)この道を行って、郵便局があるのを確認した。
(7)この道を行くと、郵便局があるのが確認できた。

  私の考えでは(6)は問題なく、正しい。理由は両方の動詞の主語が同一人物であることが了解できるからである。だが、(7)は非文とはいえないとしても、不自然である。(7’)の方が自然である。

(7’)この道を行ったら、郵便局があるのが確認できた。

  あくまで終止形を使うとすれば(8)の文型しかない。

(8)この道を行くと、郵便局があるのが確認できる。

だが、それでも(8)はそれぞれの動詞の主語が曖昧なのである。確認のため同主語文と異主語文を作ってみよう。
(9)私がこの道を行くと、私は郵便局があるのが確認できる。
(10)彼がこの道を行くと、私は郵便局があるのが確認できる。
(11)私がこの道を行くと、彼は郵便局があるのが確認できる。
(12)彼がこの道を行くと、彼は郵便局があるのが確認できる。
    こうやって、いくつか文例を作っていってわかるのは主文は後半なのだから、あえて動詞の終止形を用いる必要はないということである。そうすると、もっとも自然な文型は已然形となる。つまり(13)が自然な文型となる。

(13)この道を行けば、郵便局のあるのが確認できる。

     では(6)と(13)の違いはどこにあるのだろう。(13)の主語の候補の第一は「あなた」ついで「皆さま」なのである。こうなって文意は明確に「情報を提供したい。」「あなたのお役に立ちたい」という意思表示になるのである。その結果、「確認できる」という可能形が意味を持つのである。これを二字漢字後ではない「確かめる」「認める」を用いれば文の全体が已然形で統一される。
(14)この道を行けば、郵便局のあるのが確かめられる。
(15)この道を行けば、郵便局のあるのが認められる。
  つまり、(13)の「已然形」には一般則を述べることで「情報を提供したい」という文意を前面に出すことが出来、(6)の「〜て形」は、行動の主体と認識の主体を一致させることで情報内容の信憑性を明確にする形なのである。(7')の文型も「〜た」できちんとそろっている。つまり、それぞれの文型は文の機能を形式化していたと考えることができる。
  だが、「終止形」はどこかの書籍で読んだ語形に脳が感染されてしまっただけのデラシネ語形なのである。では、そのデラシネ語形にもっともふさわしい文型は何か。以下であろう。
(16)この道を行くと、そこには、公園がある。
(17)この道を行くと、そこは、もう公園である。
    とすれば、終止形の対文というカタチは、第一に、話者の行為としての判断を表現する機能を担っていたのではと仮構することができる。すなわち、以下。
・終止形対;話者の判断
・已然形対;繰り返し得られた情報
・てーた文;特定の人物によって確認済みの情報
・たーた文;話者の体験報告



■音韻イメージの演習
 上の文中の語をそれぞれ、〈機能=あたい値〉〈文型=かたち〉を代入して文意の変化を考察してみよう。


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