島津の篤姫

   今年初めて、大河ドラマを見たのだけど、本家に上がる前の名前が「おかつ」となっていた。ということは当時の人々にとって〈katu→atu〉というのは自然な変更だったということになる。そして当然、語頭子音からむき出しの語頭母音を作るということが〈上昇〉を意味していたということになる。

  さて、これをどこまで一般化できるのだろうか。

あるいは、もともと正式名「あつ」だったのを語頭に〈お〉をつける時に〈KIOSK〉を〈キヨスク〉と詠んだように、語中母音をさけるべく何らかのわたり音を入れるのが慣例としてきたのが慣例化していたのかもしれない。
  とすれば以下の8例は密殺な関連をもっていることになるが、そのうちの3例は現在の我々の感覚から言うと名前にふさわしくない。それを少し変形すると極めて通俗的な女の人の名前が浮かぶが、これもどこまで一般化できる事実なのであろうか。

お-あつ
おかつ
おさつ→おさだ
おたつ
おなつ
おはつ
おまつ
おやつ→おやえ
おわつ→おわか
×おらつ