二詞文と宣旨体

   現代日本語の基本文型は「三詞文」だ、と自分の中で決着がついてから、再び、「二詞文」ということを考えてきている。もちろんひっかっかっているのは「桃尻訳・枕草子」である。なぜ橋本治は三詞文を正訳としてはしりぞけたのか。当然二詞文でなければならないとう不文律が彼の卒業した東京大学の文学部の奥深くしまわれているからに違いない。それは、どのような由来をもっているのだろうか。
   というより本当のことは、たぶん現在の東京大学の文学部にも失われているのだろう。とすれば由来から考えるしかないわけである。とすればまっ先に検討すべきは歌伝体とは正反対の宣旨体、それも一般的な内容よりもみやびな姫君方の嫌ったであろう戦争関係の宣旨体から攻めてみるというのは合理的である。
    戦争の(一過程である)キャンペーンでも、商品(を販売するため)のキャンペーンでもそうだが、集団行動には5W1Hの規定が必須である。それを二詞に圧縮するというのは、想像するだに困難であるが、まあ行けるところまで行くってのが私のやり方、方法である。
   まず、5W1Hの言葉の整理をしてみる。現在の学校で習う用語は英語のそれに比べて音韻上のつながりがあまりになさすぎるので、慣用句として機能していない。それで、和語として再編成する必要があるように感じた。

[when] [where] [who] [what] [why] [how]
[いつ] [どこで] [だれが] [なにを] [なぜ] [どのように]

    これを英語にならって頭韻を踏むように用語を再編成すると、私の現在の語彙力では以下が精一杯のところであった。

[いつ] [どこで] [どいつが] [どこを] [どうして] [どのように]

    ところが、このような、一連(ひとむら)を眺めていると、さらに気づくことが出てくる。〈いつ→ときは〉である。

[ときは] [どこで] [どいつが] [どこを] [どうして] [どのように]

    これで一気に二詞文の元形が意識にのぼってきた。現在の5W1Hの日本語訳は宣旨体のうちの補語の部分だけをとりだして丸暗記させるようになっている。それが長い間、「上申体」の基本形式と考えられてきたからであろう。まさに「一語文」の世界である。明治の初頭に政策を担った武士の末裔にとっては、宣旨体の形式を知らない日本人が存在することも、将来そういう人々が圧倒的多数になることなども予感するだにできなかったに違いない。
   いや、予想はできても喫急の課題が「国民皆兵」であったとすれば、まずは「上申体」の普及定着に支配層が一丸となってつき進んだことは合理的なことであった。

[when] [ときは] [いつに]
[where] [ところは] [どこで]
[who] [殿は] [どの方を(どいつが)]
[what] [ところは] [どこを]
[why] [道理は] [どうして]
[how] [道筋は] [どのようにして] or [どのくらいの軍勢か=mass amount]


   これを現代文に変換すると以下。二連(ふたむら)を比べて、日本語の成り立ちをきちんと整理する作業は、接辞の脱落と一つひとつの語彙の意味と音韻の推移の両面からの検討を要求する、けっこう大変な作業のような気がする。

[when] [ときは] [いつ]
[where] [ところは] [どこで]
[who] [アルジは] [だれが]
[what] [モノは] [なにを]
[why] [理由は] [なぜ]
[how] [方法は] [どのように]   or [軍備の整え方=logistics]


    そのために、まずは下役風の質問文を思いおこしておこう。何が見えてくるだろうか。

[when] [いつに] [いたしましょうか]
  [いつからに]  
  [いつまでに]  
[where] [どこで] [いたしましょうか]
  [どこに]  
[who] [だれに] [いたしましょうか]
[what] [なにに] [いたしましょうか]
[why] [なぜで] [ございますか]
[how] [どのように] [いたしますか]
    [いたせばよろしいでしょうか]
[when] [いつに] [なさいますか]
  [いつからに]  
  [いつまでに]   rude
[where] [どこで] [なさいますか]
  [どこに]  
  [どこから]  
  [どこまで]  
[who] [だれに] [なさいますか]
    [なさせますか]
[what] [なにを] [なさいますか] rude
  [なにに]  
[why] [なぜ] [なさいますか] rude
[how] [どのように] [なさいますか]
    [なされますか]


もう一つ、新入社員が部長に言われて宴会をセットしなければならなくなって、報告にいく場面を想定してみよう。

[when] [来週の月曜日で] [ございましたね]
[where] [浅草で] [よろしかったですか]
[who] [メンバーは〜と〜と、といったところ] [ですが・・・]
[what] [和風懐石の、5000円コースということで] [手配してありますが・・・・]
[why] [今回は単なる懇親会ということで] [よろしいですね]
[how] [席次とか特に何か] [ございますか]