古神道の中核音韻〈ぼこ・ほこ〉−その二

   前回、以下のような引用をしたが、音韻〈くら〉で用いた変換を適用することで、よりはっきり関連がわかった。
    「onomatopoeia〈ぼこぼこ〉の第一言義は広辞苑によれば〈水の音、泡のさま〉とある。歴史のどこかで〈皮→川〉が生じたのである。」
前回は〈〜ニナル〉〈〜ニスル〉の語形を使って分析したので、十分な分析ができなかったのだが、〈くら〉と同じ〈〜スル〉の語形を用いた方が相互の差異がはっきりする。それで今回はそれに派生するいくつかの形での分析を行った。

      [くらくら] [ほこほこ] [はらはら   [でこぼこ] 
肯定形 清音 スル [○くらくら スル] [○ほこほこ スル] [○はらはら スル]    
    [×くらくら ダ] [○ほこほこ ダ] [×はらはら ダ]    
  濁音 スル [○ぐらぐら スル] [○ぼこぼこ スル] [×ばらばら スル]   [×でこぼこ スル]
    [△ぐらぐら ダ] [○ぼこぼこダ] [○ばらばら ダ]   [でこぼこ ダ]
             
否定形 清音 シナイ [○くらくら シナイ] [○ほこほこ シナイ] [○はらはら シナイ]    
    [×くらくら ジャナイ] [○ほこほこ ジャナイ] [×はらはら ジャナイ]    
  濁音 シナイ [○ぐらぐら シナイ] [○ぼこぼこ シナイ] [×ばらばら シナイ]   [×でこぼこ シナイ]
    [×ぐらぐら ジャナイ] [△ぼこぼこ ジャナイ] [○ばらばら ジャナイ]   [△でこぼこ ジャナイ]

     結果をみると、〈〜スル〉形では、objectに関する表現は〈ぐらぐらスル〉〈ほこほこスル〉〈ぼこぼこスル〉の三つで、それぞれ〈三半規管+動作触角〉〈温感触覚〉〈聴覚〉である。この三つを生命の危機的状況と関連づけていくと、その本質は〈地面の安定〉〈体温〉〈脈拍〉しか考えられない。

現代人の印象 ←← 〈〜スル〉 →→ 〈危機イメージ〉
要修理 ←← 〈ぐらぐらスル〉 →→ 地震だ〉
焼き芋だ ←← 〈ほこほこスル〉 →→ 〈まだ、生きているかも〉
平らじゃない ←← 〈ぼこぼこスル〉 →→ 〈まだ、心音が聞こえる〉
つまり、〈皮→川〉の連想は〈皮→脈拍→皮の下の血流→液体〉に支えられていたのである。

    こう書いても、多くの人には論理の飛躍に聞こえることは承知だ。私自身、ここまで来るのに相当自分の意識をより原始的な存在に近づける努力をしてきているのだ。早い話、人間が明瞭な分節音を操れるようになるはるか以前にいくつの概念を掌中の玉にしてきたはずだ。それが分からなければ言語史は描けないのだ。
    ヒントになったのは、テレビで見た象は仲間が死んで動かなくなっても、一日、二日は様子を見るため仲間全部が移動を中断するということだ。それは象が動かなくなった仲間について、居眠りなのか、気絶なのか、はたまた、戻ることのない永久の眠りなのかを判断する力が象にはあることを意味している。人間の場合、その判別基準は血流現象と体温現象以外考えられない。我々の祖先は、分節音を獲得する以前にそのような概念を持ったと考えることは突飛ではあるまい。

仲間の生死を見分ける基本概念の音韻が〈ほこほこ〉〈ぼこぼこ〉で、
それぞれ皮膚の下の体温と液体流の音韻メタファである。

   次に興味深いのは、〈ぼこぼこニスル〉〈ばらばらニスル〉。
   〈ほこほこ〉は濁音〈ぼこぼこスル〉と〈ぼこぼこニスル〉の両義を従えている。それも一つは広辞苑に記載されていない〈objectを攻撃する〉という意味である。一方〈はらはら〉の濁音は〈ばらばらニスル〉という一義しか導けない。これは危機イメージなら〈objectを徹底的に破壊する〉という意味になる。まとめると以下である。

現代人の印象 ←← 〈〜 ニスル〉 →→ 〈危機イメージ〉
なぐる ←← 〈ぼこぼこ ニスル〉 →→ 〈殺人〉
解体する ←← 〈ばらばら ニスル〉 →→ 〈破壊と略奪〉

   〈ばらばら〉が〈ぼこぼこ〉の進んだ内容であるというのは、私の「〈あ段〉は〈お段〉の後に導入されたという仮説」とも一致する結果である。上の音韻イメージを社の三様式と結びつけるなら、〈ばらばら〉に対応するのが最新の形式である〈やしろ社〉となる。以上をまとめると以下のようになる。

[ほこ・ぼこ]   〈ほこら〉祭祀の下層を形成する動物胎を中核とする生命力尊崇のメタファ
[くら]   最古の様式で地震などを中核とする自然の破壊力鎮護の場
[ほこら]   中古の様式で、殺人・暴力などの人間の破壊力への認識に基づく、怨霊鎮護の場。
[やしろ]   最後の様式で、戦勝を祈願する国家鎮護の祭祀場。様式の完成は仏典などの参入後であろう。