助詞対〈ならば・でも〉〈ならば・にも〉〈ならば・にでも〉

  2003年にNHK出版からでた『英文法をこわす』は、「感覚」「イメージ」をキーワードにしているので画期的なoutputだと評価したが、8年たっても自らの開発した商品の焼き直しで、似たような商品を再生産しているのでは研究者としてはいかがなものであろう。
   11月22日の朝日新聞にでた『一億人の英文法;東進ブックス』の広告を見て私は目を疑った。「can」と「could」を使った英文の文例対がでていた。だが、それの翻訳日本語文をみてがっかりした。例の【重量・質量】とならぶ、もう一つの政治term【主語・主題】に密接にかかわる【主格助詞 が】が使われていたからである。二人のうちの一人の著者は青い目の人だから日本の学会の規範に盲目的に倣うのは仕方が無いとしても、日本語話者である大西 泰斗氏には、こういう規範教育が日本語を混乱させ、日本の若い人たちの論理力を衰えさせていることに危機感を持って欲しい。 
    ビジネスの世界ならば、いくら英語がペラペラでも母国語文でしっかりと考え、多くの人々と話し合いながら協調点を模索していけない若者では日本にとっても世界にとっても残念な存在になってしまうと考えるからである。だから同氏には英文法の次に、日本語文法をこわしてもらいたい。では、いよいよ具体例をみてみよう。

・Joeff can fix it. (ジェフがそれ直せるよ)
・Joeff could fix it. (ジェフがそれ直せるかもなぁ)


1)まず日本語では英語の〈it〉は省略するのが原則だから、隠してみよう
・Joeff can fix it. (ジェフが直せるよ)
・Joeff could fix it. (ジェフが直せるかもなぁ)
   このようにして変形してみると、日常会話では、こういう文型がいきなり登場する場面をイメージすることができないことがわかる。つまりこの文例はいわゆる陳述文、もっというと事実文としてとらえてはいけないことが分かってくる。これは基本的には質問に対する返答文としてまず認識すべきなのだ。質問の文型は以下のようになるだろう。

・Who can fix it?


2)これに対して日本人ならば、どういう風に答えるだろうか。当然、日本語話者の知的発達の程度によって文型はことなるだろう。以下。
・「花子。」;五歳くらいのこども
・「花子が直せるよ。」;文法教科書の要求に忠実な人
・「花子ならば直せるよ。」;いろいろ自分の持っている情報を整理してから答える人
    もちろんここでは新情報は「花子」であるから、「は」単独では、これを用いることができない。だから「が」を用いるこことには論理的には問題がない。だが日本語助詞の第一の基層には対助詞〈は・も〉があるのである。だから「名乗り文」や「事実文」では〈は・が〉を第一候補に挙げることが合理的だが、形容詞文では〈は・も〉を第一候補におくことが合理的なのである。なぜならば状態を取り上げるときにはフツーはいくつかの候補の優劣を比較する頭脳活動があるからである。以下。

名乗り文

・私は、大野です。(この私ハ、大野という名前のものです;新情報はオオノ)
・私が、大野です。(大野という名前のものハ、この私です;新情報はワタシ)

事実文

・花子はそれを直す。(花子が何をするかというと、直すのである;新情報はナオス)
・花子がそれを直す。(直すのは誰か、というと、それは花子である;新情報は花子)

形容詞文

・コレは、重い。(私ハ、これを重いと判断する;新情報はオモイ)
・コレが、重い。(私ハ、いくつかの候補の中ではコレが重いと判断する;新情報はコレ))

可能文

・花子はそれを直せる。(他の人については知らないが、花子には直せる;新情報はナオセル)
・花子がそれを直せる。(何人かの中で、他にもいるかもしれないが、ともかく花子は直せる;新情報は花子)
   だから単に論理文としての陳述文ならば、「が文」で問題は何もない。だが、少し日常会話の場面でこの質疑応答を考えるならば、答える人はまず直せそうな人をピックアップしてから、その中の誰を実際に推挙すべきかまで考えてから声を発するはずだ。その時には対助詞〈ならば・でも〉の出番となる

推挙文;ハ・モ構文

・花子ならバ、それを直せる。(課題は難しいが、自分は花子を推挙する)
・花子でモ、それは直せる。(課題はそれほど難しくない。候補は複数ある)


3)は〈かも〉の有無に還元できるのだろうか。
    もう一度広告にあった文型対にもどって「かも」がどちらの文型にふさわしいか検討してみよう。答えは簡単だ。以下。

推挙文+かも

・花子ならば、それでも、直せるかも。(文意は明瞭。花子を高く売り込んでいる)
・花子でも、それならば、直せるかも。(花子を貶めることになるので陰口非文)


ここまでくれば広告の文例の会話場面を想定した正しい日本語訳文が明瞭になる

・Joeff can fix it. (ジェフでも、それ、直せるよ)
・Joeff could fix it. (ジェフならば、それ、直せるかも)

その上で、筆者は英語のことは素人であるから、間違っているかもしれないが、もとの質問を仮構してみると以下。

・Can anyone fix it? (誰が直せるか ← 誰か、直せる奴はいるか)
・Could someone fix it? (誰なら直せるのかな)


4)日本語文法の思い込み「動詞は動詞文をつくる」;という予断は間違っている。
    動詞の終止形は「が」で結ぶのが自然かもしれないかもしれないが、可能形では「は」を受けるのが自然である。これは事実文というよりは状態文だからである。こういうことを一つ一つ点検して矛盾の少ない文法体系を作り上げる必要がある。
終止形;鳥が飛ぶ⇔鳥は飛ぶ
     ;この鳥が飛ぶ⇔この鳥は飛ぶ
可能形;鳥が飛べる⇔鳥は飛べる
     ;この鳥が飛べる⇔この鳥は飛べる
形容形;鳥が美しい⇔鳥は美しい
     ;この鳥が美しい⇔この鳥は美しい
いる形;今ハ、鳥が飛でいる⇔今モ、鳥は飛んでいる
     ;この鳥が飛でいるコト⇔この鳥は飛んでいるモノ(過去の事実の継続;依然)


あるいは、「名指し固有名」であっても、それは「私」に比べれば、直示性は弱いことに注意して・・・。
終止形;花子が跳ぶ⇔花子は跳ぶ
     ;私が跳ぶ⇔私は跳ぶ(モの方が自然)
可能形;花子が跳べる⇔花子は跳べる
     ;私が跳べる(不自然)⇔私は跳べる
形容形;花子が美しい⇔花子は美しい
     ;私が美しい(不自然)⇔私は美しい
いる形;今ハ、花子が跳でいる⇔今モ、花子は跳んでいる
     ;私が跳でいるコト⇔私は跳んでいるモノ(過去の事実の継続;依然)


5)中学校国語教科書には助詞〈なら〉も〈ならば〉もないし、広辞苑・日本国語辞典をみても〈でも〉の対助詞であることは明記されていない。だが、現代日本語の会話では、対助詞〈なら・でも〉 なしに、軽妙な会話は成り立たない。もちろん軽妙な会話というのは、気さくな間柄で成り立つものであるが、一方、軽妙な会話をとおして、気楽な関係が気楽な信頼関係へと深まっていくのである。
    なぜならば、このような文型を用いて我々は眼前の課題の難易と、自分をふくめた集団内の各人の能力を絶えず棚卸して提案を練り上げているからである。だが、これはまずもって【発語体】であって、【発声体】ではない。だからいくら山のようなcorpusを計算機に入れて、観察してもその機序は見えてこない。従って、注意深く自らの頭脳行動を観察して、その上で考え抜かれた文法体系へと規範を構築していく作業が求められる。
●私ならば、出来ます ;下手に発声すると、傲慢と思われるリスクがあるが、出世するにはここ一番に名乗りを上げることも必要。
●私でも、出来ます ;発声すると、謙遜ないい奴と思ってもらえる場合もあるが、課題をなめている課題音痴と思われるリスクもある。
●私が出来ます;日本語話者の発声としては不自然。
●私にさせて下さい;公的場面では、意欲のみ見せて、上司の専権事項である判断については発声しない古来の伝統。
●私でもよろしいでしょうか。あるいは、私ならよろしいでしょうか。;択一判断を相手にゆだねる、謙遜あるいは卑屈を絵に描いたような文型


6)研究社の『新和英大辞典 第五版 電子辞書』には「なら(ば)」の英訳として「仮定と提題」しか挙げていない。これでは使い方がわからない。まず「でも」との対助詞であることを明記すべきだ。例えば以下の例文。
●こんな成績で合格できるなら、話は簡単だ。
  full sentense;こんな成績デモ合格できるナラバ、話は簡単だ。
           ⇔この成績ナラバ、合格デモ問題は無い。
●「いやだなあ」「なら、やめれば?」
    ⇔もう一つの応答例「でも、断れないんでしょ?」


7)参考論考;
・政治term〈ハ・ガ〉; http://twitter.com/#!/midoka1/status/132993555517026304
・助詞対〈なら・なれ〉  http://d.hatena.ne.jp/midoka1/20090324
・発語体・発声体   http://d.hatena.ne.jp/midoka1/20090228
広辞苑「でも」の項; 出てくる例文に「なら」を代入すると、意味と使い方がよくわかる。



8)逆序構文;〈ならば・でも〉
・花子ナラバ、それデモ、直せる。
⇔花子デモ、それナラバ、直せる。
・こんな成績デモ合格できるナラバ、問題は無い。
  ⇔この成績ナラバ合格デモ、問題は無い。