『双数について』

    1827年に行われたフンボルトの講演原稿。時期からいってソシュールはもちろんボアズ、ウォーフ、そして折口信夫がその影響を受けなかった、とはいえない資料。ただ、内容は古代ギリシャにおける双数概念の知識を前提としているので、その知識がない私には、まして双数という二字漢字語からだけでは意味を取れない。新書館から出た翻訳書には日本語をふくむ非西欧語を例にした双数論が出てきていて、私としては日本語の部分を読みたいので、和語と英語で双数関連の語彙についてまず整理してみた。
まず漢字〈双〉であるが、原義は〈二羽の一番の鳥をそれぞれの手で持つこと〉とあるから〈番・つがい〉に注目すると〈左右は異〉でとなるべきで現在の字形はいかにもという形をしている。だが旧字では上部に二つの〈隹・ふるとり〉を並べているから〈左右は異〉を表現しているのは、それを支える両手に相当する下部の〈又〉の部位。
      これは実は大事なことで自分にとっては自分の両手は大きさは同じでも、モノとしては同一にはならない。その図像は鏡像対象性をもつが、回転対称性はもたない。合掌した手は親指と小指に関して非対称である。つまり人間の全身と同じく〈頭・尾〉という非対称性をもつ。一方番の鳥は〈大・小〉の違いがあって、さらには身体内部に注目すれば同一ではない。仮に大きさを捨象しても両手のようには合体させることができない。だが〈同形の繰り返し〉と見ることで実は〈同一〉と見なすこともできる。
     だから雌雄というのは左右の手に乗ることで〈異〉であることを明示できるのである。それが男女の並び方がかなり歴史の早い段階で固定された理由であろう。有史以前は向かって左が女性。父権の強大化によりその図像は反転した文明とそうでない文明に分かれた。
それでは、これに関連する英語にはどのようなものがあるだろう。すぐに三系統が浮かぶ。

pair 〈ツがイにする〉 〈ふたツをカヒにする〉
part 〈切りはなす〉 〈two third parts 三分の二〉 〈さける〉 〈われる〉
twin 〈双子・姉妹〉 〈双晶〉 〈密接な関係とする〉
twist 〈より合わせる〉 〈よりをかける〉 〈ねじる〉〈にじる〉
dozen 〈6*2〉 〈たくさん〉 〈気が遠くなる〉
double 〈量が二倍〉 〈二心-裏表-のある 〈身をよける、かわす〉 〈行って帰ってくる〉

  と、頭をほぐしてから、〈双数〉について辞書をひくと、英語訳は〈dual number〉で、ある種の言語における文法範疇における数の一で、別名〈両数〉とある。例文を見ると〈一対;左右異形;双〉〈二者;同形繰り返し;両〉の二つが出ていた。これではお手上げだが、フンボルトが日本語の〈こ・そ・あ〉についての考察を行っているところを見ると、彼の頭には〈対語〉をもふくむ広範な問題意識があったと見ることができる。